地震に傷つき、台風に揺れ、それでも
この社殿は、ここに立ち続けてきた。
今こそ、あなたの力が必要です。
目標金額 ¥2,000,000 達成率 0%
永井神社は、高槻城三の丸の一角に鎮座する野見神社の摂社です。江戸時代よりこの地に根ざし、歴代の高槻藩主によって厚く崇敬されてきました。
九代藩主・永井直進公が、初代藩主・永井直清公を祭神として迎え、創建。高槻の礎を築いた先人への深い敬意がここに刻まれました。
十一代藩主・永井直輝公が、直清公の高槻城入城二百年を記念して社殿を修復。唐門と拝所を新たに造立し、その信仰の深さを後世に示しました。
権現様式の社殿と唐門が、高槻市有形文化財に指定。230年以上の歴史を持つこの建造物の価値が、公式に認められました。
乱世を勝ち抜き、城下町に豊かさをもたらした直清公の御神徳。新しいステージへ踏み出す人の富の道をひらく加護を授けます。
徳川三代の将軍に生涯信頼され続けた直清公の御神徳。人に選ばれ続ける信用と、永く続く繁栄を守ります。
永井直清(1563〜1626)は、徳川家康・秀忠・家光の三代将軍に仕えた高槻藩初代藩主です。 乱世の関ヶ原において東軍を選び、その武功により高槻六万石を拝領。 城下町を一から整備し、地域に豊かさと秩序をもたらしました。
剣のみならず茶道にも深く通じた文武両道の人物として知られ、 生涯にわたり将軍家の信頼を失わなかったその生き様は、 「信用」と「開拓」の象徴として今も語り継がれています。
美濃国に生まれる
関ヶ原の戦いで東軍に参陣・武功を立てる
高槻藩初代藩主に就任・城下町を整備
薨去。三代将軍・家光の時代まで仕え続けた
永井直清公 肖像 しろあと歴史館蔵
御神徳
富の道をひらく
信用・開拓・繁栄
幾度となく改修を重ねてきた社殿も、
長い年月の中で老朽化が進み、
近年の大阪府北部地震や台風による被害を受け、
維持が困難な状況となっております。
長年の風雨により柱・屋根・基礎に深刻な傷みが進行。補修なしでの維持は限界に達しています。
2018年大阪府北部地震と相次ぐ台風で構造部分に損傷。被害は修復を急務とする状態です。
嘉永年間に造立された歴史的な唐門と拝所も、塗装剥落・木材腐食が著しく進んでいます。
文化財指定を受けたこの社殿が失われることは、高槻の歴史が一つ消えることを意味します。修復の機会は、今しかありません。
皆様からいただいたご奉賛は、永井神社の御造営事業に以下の通り使用いたします。一円一円が、この場所の未来につながります。
柱・屋根・基礎など構造部分の本格修繕。専門の宮大工による施工を予定しています。
嘉永元年建立の拝所の塗装・木材補修・金物修繕を行います。
参拝者が安全に訪れられる環境整備と、将来の災害に備えた設備を整えます。
記録・広報費用に充てさせていただきます。
永井神社の歴史と祈りを、形にしてお届けします。いずれのコースも、神職による祈祷を込めてご用意いたします。
完成した社殿の写真と、神職直筆のお礼の言葉を記したオリジナル葉書をお届けします。230年の歴史が蘇った瞬間を、あなたのもとへ。
デジタル版でもお届け可能
新しいステージへ踏み出す人へ贈るお守り。乱世を勝ち抜き城下町に豊かさをもたらした永井直清公の御神徳が、あなたの富の道をひらきます。御礼葉書・御朱印付き。
お守り+御礼葉書+御朱印
選ばれ続ける人になりたい方へ。徳川三代の将軍に生涯信頼され続けた直清公の御神徳が、あなたの信用と永く続く繁栄を守ります。御礼葉書・御朱印付き。
お守り+御礼葉書+御朱印
230年、神様の御傍らで立ち続けた本殿の柱と梁。修復により役目を終えたその古檜を、手のひらに収まる「守り」として生まれ変わらせました。幅4.5cm・高さ11.5cm・厚み2.5cm。桐箱入り・檜の緩衝材付き。神気をその身に宿した一木一木を、あなたの守りとして。
限定150個・同じものは二つとありません修復された社殿を永く守る玉垣に、あなたのお名前を刻みます。230年後も高槻の地に残り続ける、最高の奉賛の証。特別祈祷も執り行います。
限定3基・永代奉納どんな金額でも、あなたの想いが永井神社の未来につながります。
230年の祈りを、共に次の世代へ。
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